すずしんろぐ

ジャック・ゴー・ランタン

雑記を書きつつ、精神的に弱い人や、不器用な人の支えになれるようなブログを目指しています。

自分の好きな事で生きる

努力してもなぜ自信がつかないのか。

自分は本当に不器用なのか何なのか、努力が上手いこと成果に繋がらない。

結果のでない努力ほど楽しくないものはない。

仕事ではなぜか努力しても報われることが少ない。
相変わらず人とのコミュニケーションは下手だし、他のデザイナーみたいに魅力的なデザインが作れるわけでもない。

やっててもアイディアが出なくて、ウンウン唸りながらアイディアを出してもボツになってしまう悲しさを感じることばかりだ。


3年間やったら何か変わるかと思って、ずっとやってきたけど、結局あまり何も変わっていない。


むしろ前よりも人生が辛くなることの方が大きくなってきた。

責任ばかりが増えて、それを必死に何とか捌いていっていってる状態だ。


自分にも結婚する前は得意なものはあった。

あの頃は時間もお金も余裕があったから自分の好きなことをいっぱい出来た。

毎朝早起きしてジョギングも1時間走り、「疲れる」っていう感情も全然無かった。

ダーツが好きだったので、毎日100本真ん中を当てるのを習慣にしていると、日々どんどんと終わる時間が早くなって楽しかった。

他にはゲームのビートマニアとかも好きで続けてた。

きっと自分は目に見える変化(自分に起きる)みたいなものが好きなんだと思う。

好きだから続けれる
→続けれるから得意になる
→得意だから楽しくなる
→楽しく長く続けれて得意だから評価される。という相乗効果だ。


大人になってからは我慢ばかりしてる。


だから生き方をもう一度戻さないとダメだと思っている。


人生をもう一度楽しんで生きる。

今は色々な責任があって、毎日苦しい思いをすれば幸せになれると思ってずっと過ごしてきた。
大好きな物語も封印して、睡眠時間も削って、休日も仕事関係の本を読み漁り、社内では好きでもない人におべっかを使う生き方になってしまった。

もし明日僕が交通事故で死んだ時、満足して死ねるんだろうか?

答えはNOだ。

最近ネットで見たのだが、看護婦100人に聞いた、「死ぬ前に人が後悔することBest10」みたいなものがあって、一番ランキング上位にあったのが「もっと自分の思うとおりに生きれば良かった」だったらしい。

このままの生き方だと自分もそんな生き方をして、後悔しながら死んでいくと思う。

もっと自分が自分らしくあれる行動や場所を今からもう一度模索してみようと思う。

現実の周りの同僚や上司や家族にはこんな事はあまり言えない。

だってある意味、究極のわがままになります宣言ですからね。

それでも僕は死ぬ時に「あれをやればよかった」と思わない死に方をしたいと思っています。

その為には、もっと自分が楽しめるもの、今で言えば減ってしまった物語に触れる時間を少しずつ増やしていって、ブログなどに記録していこうと思います。

必ず幸せになります。